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November 03, 2010

Notes from Australia

幕別町のオーストラリアへの海外研修に参加した中高生の感想文から気になるものを少しピックアップして紹介します。

そんな私がやっと外国にいることを 自覚したのは、328日の土曜日。ホストファミリーとのデイプログラムのときだった。テルストラ・タワーからキャンベラを見ていたときに初めて、
「ここオーストラリアだ。日本じゃ ない」と気づくことができた。もうひとつあった。それはグーグルマップで幕別町の場所をDと妹のBに教えていたときだった。
オーストラリアでのホームステイで 気づいたことがいくつかある。まず、本当の家族ではないのにも関わらず、家族のように接してくれたホストファザーのS、ホストマザーのSh、妹のB、そし てDの優しさだ。私はそう接してくれたことで不安だったことも忘れられるくらいに充実した1週間を送ることができた。
次に、食べ物についてだ。肉や脂っ こいものが多いこと、10時のおやつと3時のおやつが本当にあること、お菓子と飲み物の種類が多いことなどだ。オーストラリアに住むのならばかなり気を付けな いと太ってしまうだろう。学校の休み時間に食べ物を食べているせいか、食べる場所では机よりイスが汚くなっていることに驚いた。


せっかく仲良くなれてもお別れのとき。もっと話せば良かった・・・・。と少し後悔した。メールという手段はあるけど直接話すこととは全く違う。私はこの研 修はホストファミリーのみでなく私たちに関わってくれた全ての人の優しさがあって初めて成り立つものだと思う。もしも、一人でも態度が違えばこのような充 実した研修にはならなかっただろう。

朝は7時に起き。7時と言っても、サマータイムで本当 は6時なのでまだ少し暗い。朝ごはんで事件が!食パンに「何をつける?」と聞かれ私は、チョコみたいなものを付けた。だが!それはオーストラリアで有名な ベジマイトだった。甘いと思って食べるとしょっぱい。始めは、パンに味がついているのかと思ったけれど違う。やっぱりこのチョコっぽいものだ!と思いなが ら食パンを食べ学校に行くと、ちょうどベジマイトの説明が。それでやっとわかった。私は、あの味はあまり好きじゃなかった・・・。それから食パンの出た日 はいつもはちみつをかけると・・・。甘くておいしかった。

45日目は、ホストファミ リーに、いろいろな所へつれていってもらった。バスケをしたり、動物園に行ったり、バーベキューをしたり・・・。あっという間の素晴らしい2日間だった。オースト ラリアって・・・いい所だ!と、深く思った。

思えば楽しかったオーストラリアでの生活が終わろうと しているのだ。せめて思いっきり楽しめるように頑張ろうと思った。

9日目。身支度を終え、 いつものように朝食をとった。 ハイスクールに着いてから、S先生に、キリスト教について習った。本当はこの後スポーツをする予定だったが、スポーツの先 生の都合により、なくなった。そのかわり、生徒達と、話をずっとしていた。ちょうどホストバディのA君も来てくれたので、とてもいい思い出になった。

自分はこの研修で多くのことを学ぶと同時に、オースト ラリアはとても『あたたかい』国だと思った。コンビニにしても、ホストファミリーにしても、皆フレンドリーで、いいなと思った。この研修で、言葉の前に 『気持ち』がとても重要だということを、知った。

すばらしい日の出を見てその後シドニーに着陸しました

March 19, 2010

Austrailia Study Trip オーストラリア海外研修

もうすぐです。後数日たったら幕別町の生徒たちはまたオーストラリアへ向かって、今年度の海外研修に参加してきます。この海外研修について、私はあまり記事を書いったことがないけれど、過去書き下ろした考えなど、思い出がこのブログでも少し残っています。下記のリンクの上をクリックするとオーストラリアに関する記事の一覧が表示されますので、どうぞご覧ください。
http://howdy-makubetsu.blogspot.com/search?q=オーストラリア

March 28, 2008

Eyes on Australia


DSCF3114
Originally uploaded by Clint Lane.Geo
今幕別の中学生と高校生がオーストラリアに行って研修中です。海外の文化や風習を習って、違った習慣と生活観を持った同世代の人たちと一緒にすごすことで一回り大きい人間になると思います。または、海外に友達がいるということだけで、もっと広い世界に目が向き、責任感が生まれます。まぁそれと楽しいしひと時をすごしていい思い出ができますね。この写真集を見ればその楽しさが伝わってきます。

DSCF3114

February 13, 2006

Pardon me?

Pardon me?
おそらく、ほとんどの皆様は学校や英会話の授業で英語を習ったことがあるのではないかと思います。学校では受験のため、どうしても英語の勉強が読み書き中心になりがちですが、その中でも英語を使って相手とのやり取りを勉強する機会もあります。そのおかげでほとんどの人が今回紹介する便利な表現は知っていると思います。誰かと英語で話そうとしている時、何か聞き取れなかったことがあったらパードンpardonの一言だけを言ったら、大抵の相手はもう一回、もっと優しく言い返してくれます。でもpardonは相手にもう一回言って欲しい時だけではなく、様々な使い方があるのは知っていますか。例えばこのような使い方があります:
grant a pardon 恩赦を与える.  Pardon my asking, but… こんなこと聞いて申し訳ありませんが…. I beg your pardon. ご免なさい, 失礼しました。
そもそもこのpardonの意味は何でしょうか。基本的な意味は「許すこと」です。ということはpardonの一言は「もう一度言って下さい」という意味ではなく、「申し訳ありません」という意味です。つまり、相手の言ったことを繰り返しに言わせるのに、許しを求めているというわけです。「許しを求める」というと、よく日本語では「すみません」が使われますが、pardonには同じような使い方があります。歩いている時、相手にぶつかってしまったら「pardon me」と言いましょう。または、相手の言ったことが分からなかったときに、pardonの一言だけではなく、もっと格好よく、「(I)Beg your pardon?」と言って他の人と差をつけましょう。
Speaking Bluntly あからさまに
自分の意思をはっきり言い、やりたいことをはっきりさせることはアメリカ流だと思います。アメリカ人は討論するのが好きです。討論に勝つには、相手に自信を見せる必要があると教わりました。自信を見せるための喋り方があります。日本語に直すと「~ですよ」という感じです。相手もそれが本当ではないと思ったら、直ぐ「それは違おうと思うよ。」と反応します。でも「~ですよ」と日本人に言ったら、「何でそのことが分かるの?」と返事する人もいますし、又は何も言わずに黙っている人もいます。恐らく黙っている人は「なにこの人?!自分が全て知っていると思っているのか!?」と頭の中で考えているかもしれません。日本語や日本文化に慣れるまで、アメリカ人が日本語を話すとき、ちょっとぶっきらぼうな印象を与えることがあると思います。今度日本語でアメリカ人と話す機会があったらこのことを忘れずに対応すればよいと思いますよ。
そこでアメリカ人と英語で話しているときのアドバスをします。自分の意見や意思をはっきり言いましょう。はっきり言っても、自分の意見を言ったことで失礼にとられることもほとんどないと思います。又、日本人特有の喋り方でそのまま英語で話しても良いと思います。例えば、「I think that Japanese people like fish more than Americans do.」は日本人らしい言い方だと思いますが、アメリカ人なら「Japanese people like fish more than Americans do.」と言うでしょう。

May 01, 2005

G'day Mates!

ただいま。私は幕別町の中学生14人、高校生2人、引率者2人と一緒に春休み中の海外研修に行って参りました。10日間、心地よい日本の幕別町と家族から離れて外国の生活を味わってきました。例年のようにオーストラリア・キャンベラ市のカンバー高校を目的地に、3月28日とかち帯広空港を旅立ちました。そして、4月7日に家族・先生・友達の出迎えお受け、皆無事に帰りました。
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この研修は個人的にも非常に良い経験となり、勉強になりました。同じ「英語圏」ですが、やっぱり違います。表現と言葉や発音と抑揚の違いで私にも (オーストラリアで話す英語)は時に分かりにくいものでした。生徒には、分かりにくかったでしょうか。私は、3年間日本語を勉強してから北海道で生活した経験があります。当時の同僚と一緒に青森を旅したことがあります。東北弁にたいして同僚が「それは日本語じゃない」と言っていましたが、私には北海道弁やら東北弁やらあまり関係はありませんでした。知らない言葉が殆どだったため、3年間で覚えた基礎日本語を聞き取って、文脈から推測して理解しようとしていました。きっと生徒は似たような経験をしてきたでしょう。色々な言語の違いがあっても分からないわけでもないし、ちょっとした確認で相手が言い換えてくれます。私が一番使った“確認するための英語”を教えてあげましょう。とても簡単です。これは、文章は分かったけれど、重要な単語一つが聞き取れなかった場合に使う“確認するための英語”です。
「What’s ~」(~は何ですか?)
「~」のところに聞き取った知らない単語をそのまま言い返します。私のホームスティの方が「ジャイル」について話してくれましたが、その言葉がわからなくて、「What’s a ジャイル?」と確認してみたら「You know, a penitentiary, a place where they put people who’ve broken the law.」と説明してくれました。彼が説明していた言葉は「jail」でした。アメリカの発音でしたら「/ジェイル」になりますが、Aussie Englishでは「áil/ジャイル」でした。
この研修を通して改めて分かったことがあります。前にもこの欄で書いたことがありますが、コミュニケーションは口で言える言葉や耳で聞こえる言葉だけではなく、目で見えるもの、五感で感じるもの、身振り手振りや顔の表情等、色々な方法で行うことだと思います。そして、いつも皆の耳にたこが出来るほど言えば、今現在、自分の持っている英語でコミュニケーションが取れます。七転八起。いろんな方法から攻めてみることが大切です。言葉が通じなかったら、違う言葉で言ってみよう。適切な表現が分からなかったら、自分が知っている言葉から攻めて見ます。大きい木は大きな一振りで倒せません。諦めずに、小さい言葉から一杯振って見てください。
最後に覚えてきたAussie Englishを少し紹介したいと思います。
G’day (グデイ)=こんにちは Arvo (アルボー)= 午後 Oz (アズ)=オーストラリア Footy (フティー)=アーストラリアのフットボール Lolly (ロリー)=キャンディー Tea (ティー)=夕食、食事 Mate (メイットゥ)=あなた、友達 Sunnies (サニーズ)=サングラス 
一番最後にNo worries! =問題ない、大丈夫です、どういたしまして

キャンベラ【Canberra】オーストラリア連邦の首都。同国南東部の内陸にある。人口29万8千(1993)。

February 02, 2005

一時の気まぐれ

高校2年生の時、留学生が1年3ヶ月私の家にホームスティをしました。一緒に学校に通ったり、筋トレしたり、遊んだりしました。私達にはその留学生の名前が発音し難く、愛称「Massy」と呼んでいました。Massyはもちろん英語が少し話せたし、特に変わった服装をしたり、私達を困らせる習慣等もありませんでした。

当時私、そして自分の家族も、一方的にMassyに英語や自分達の習慣を教えようとしていました。例えばよく次のようにMassyの英語を直していました。「Massy, you don’t have to say “sorry” whenever someone does something for you, you just need to say “Thank you.”」(Massy、人がなにかをしてくれたときは「ごめんなさい」と言わなくても良いよ。単に「ありがとう」で良いよ。)

私の人生は,その留学生と一緒に過ごした一年3ヶ月の間に大きな影響を受けました。Massyは日本人でした。当時はMassyの考え方や国の様子などにはあまり興味を抱きませんでした。今日、振り返ってみると不思議なことですね。私の観察力がまだ発達していなかったのでしょうか。いや、そうではなく、外へ向かっての関心が浅かったのでしょう。自分のことばかり考えていました。当時のMassyはどうだったでしょうか。彼は時々自分の世界に耽っていたかのようでした。

私とMassyの仲は兄弟のようでした。怒ったり、又怒られたりした時もありました。私は大学に入学し、いつかMassyに日本語で手紙を出したいという軽い気持ちで、日本語の勉強し始めました。その時はまだ日本に強い興味を持っていたわけではありませんでしたが、Massyのことを思い熱心に勉強しました。そうしているうちに、この言語を使っている人々の頭の中はどうなっているだろう?と段々日本に興味を持つようになりました。日本に興味を持つことで新聞やニュースをより多く見るようになり、日本に関する見出しを探したり、隣国のことについて目をむけたりするようになりました。それから自分の国にも改めて興味が湧いてきましたね。言い換えれば、世界に責任感が湧いてきたと言えるでしょう。

私自身のホームスティの経験はMassyの実家で過ごした1ヶ月しかありませんが、日本で暮らした経験があります。日本語を勉強し、大学2年生から1年間、日本語を勉強しながらある町で英語指導助手をした経験があります。最初の3ヶ月くらいは人の話がよくわからなく、大きい声でゆっくりと話してもらわないと相手の言っていることが聞き取れませんでした。プールの底に座っているような感じでしたね。水面に泳いでいるねじれた人の姿があり、たまに自分が座っている床まで潜り込んでくれる人もいます。遠くで会話している人もいれば、側まで話しに泳いできてくれる人もいます。けれど音が歪んでいるかのようで、かなり努力しないと言っていることが分からない。それで身振り手振りで会話をすると、たまに成功する。そんな状況だったので自分の世界にこもってしまいがちになりました。

諦めずに勉強し続けるとその歪んでいる声が徐々に明確になり、頑張った甲斐があったなぁと思っています。母の一時の気まぐれで、日本人の留学生を受け入れたことが、私の今までの人生に強い影響が与えたといえます。日本語を勉強し、日本まで来てしまい、現在家族と一緒にこの青空一杯の十勝で幸せに暮らしています。