"国際交流はこの世界の様々な人や文化と交流をして、他人との交流の中で自分のことをもっとよく知り、広い世界のさまざまな出来事に興味を持ち、さまざまな問題に責任を感じるための人間作りである。"
March 01, 2005
America's First Health Food?
米国人の朝ご飯に欠かせない「cereal」という言葉の意味について少し紹介します。日本語で「シリアル」は英語のcerealと同じく「朝食用の穀物加工食品」の意ですね。元々の意味は「穀物」で1860年頃に米国で生まれた健康食品でした。当時人々が全ての食べ物に同じ栄養価があったと思い、健康維持に色んな種類のものを食べるより、食べる量が一番重要だと考えられていました。栄養のアンバランスで多くの人が消化不良症に悩まされ、解消してくれるものを探していました。応えて穀物からできたcerealが米国の初健康食品として開発されました。以来米国の文化になくてはならない存在となり、現在スーパーの一番売れている食品の中で第3位に輝いています。ちなみに1位は炭酸飲料と2位は牛乳です。このcerealとの恋愛関係は色んな人気ジングル、キャラクターや本までが生まれました。
自分にとってはcerealではなく、もっと温かみのある朝食がお袋の味になっていますが、実を言うと私は朝ご飯が一番好きです。お母さんが焼いてくれたパンケーキやフレンチトーストやワッフルとお父さんが作ったベーコンや朝食用ソーセージと目玉焼きに牛乳やグレープルーツジュースが一日のエネルギー源になっていました。パン類にかける蜂蜜、ピーナツバター、バター、ジャムなど種類が様々で朝ご飯を食べるのが楽しくてたまりませんでした。現在はその食生活が恋しくなったとき茶碗にはいている白いご飯の上にピーナツバターをかけたくなるけどどうでしょう。
初めて日本にきて、一人暮らしのとき朝早く部屋を出て朝ご飯を食べに行ったことがあります。勿論外で朝食が食べられる処が見当たらなく、コンビニでお握り買って食べました。私の家族が週に一回くらい祖父母と一緒に外で朝食を食べに習慣があります。町のMaggie’s Caféが朝4時から営業。そこでいつも食べるのはフレンチトーストとベーコンです。温かいフレンチトーストにバターと温かいメイプルシロップをかけ、バターがシロップととき混ざり、それにしょっぱいベーコンを加わるとこれより美味しいものはないでしょう。
February 02, 2005
一時の気まぐれ
高校2年生の時、留学生が1年3ヶ月私の家にホームスティをしました。一緒に学校に通ったり、筋トレしたり、遊んだりしました。私達にはその留学生の名前が発音し難く、愛称「Massy」と呼んでいました。Massyはもちろん英語が少し話せたし、特に変わった服装をしたり、私達を困らせる習慣等もありませんでした。
当時私、そして自分の家族も、一方的にMassyに英語や自分達の習慣を教えようとしていました。例えばよく次のようにMassyの英語を直していました。「Massy, you don’t have to say “sorry” whenever someone does something for you, you just need to say “Thank you.”」(Massy、人がなにかをしてくれたときは「ごめんなさい」と言わなくても良いよ。単に「ありがとう」で良いよ。)
私の人生は,その留学生と一緒に過ごした一年3ヶ月の間に大きな影響を受けました。Massyは日本人でした。当時はMassyの考え方や国の様子などにはあまり興味を抱きませんでした。今日、振り返ってみると不思議なことですね。私の観察力がまだ発達していなかったのでしょうか。いや、そうではなく、外へ向かっての関心が浅かったのでしょう。自分のことばかり考えていました。当時のMassyはどうだったでしょうか。彼は時々自分の世界に耽っていたかのようでした。
私とMassyの仲は兄弟のようでした。怒ったり、又怒られたりした時もありました。私は大学に入学し、いつかMassyに日本語で手紙を出したいという軽い気持ちで、日本語の勉強し始めました。その時はまだ日本に強い興味を持っていたわけではありませんでしたが、Massyのことを思い熱心に勉強しました。そうしているうちに、この言語を使っている人々の頭の中はどうなっているだろう?と段々日本に興味を持つようになりました。日本に興味を持つことで新聞やニュースをより多く見るようになり、日本に関する見出しを探したり、隣国のことについて目をむけたりするようになりました。それから自分の国にも改めて興味が湧いてきましたね。言い換えれば、世界に責任感が湧いてきたと言えるでしょう。
私自身のホームスティの経験はMassyの実家で過ごした1ヶ月しかありませんが、日本で暮らした経験があります。日本語を勉強し、大学2年生から1年間、日本語を勉強しながらある町で英語指導助手をした経験があります。最初の3ヶ月くらいは人の話がよくわからなく、大きい声でゆっくりと話してもらわないと相手の言っていることが聞き取れませんでした。プールの底に座っているような感じでしたね。水面に泳いでいるねじれた人の姿があり、たまに自分が座っている床まで潜り込んでくれる人もいます。遠くで会話している人もいれば、側まで話しに泳いできてくれる人もいます。けれど音が歪んでいるかのようで、かなり努力しないと言っていることが分からない。それで身振り手振りで会話をすると、たまに成功する。そんな状況だったので自分の世界にこもってしまいがちになりました。
諦めずに勉強し続けるとその歪んでいる声が徐々に明確になり、頑張った甲斐があったなぁと思っています。母の一時の気まぐれで、日本人の留学生を受け入れたことが、私の今までの人生に強い影響が与えたといえます。日本語を勉強し、日本まで来てしまい、現在家族と一緒にこの青空一杯の十勝で幸せに暮らしています。
December 28, 2004
New Year's Resolution
私は色々な抱負があります。4時間以内でフルマラソンを走ること。仕事の面でもっと上手くなること。毎日娘に英語で朗読してあげること。漢字検定を挑戦すること。日検の点数を上げること。まぁ、趣味の世界のが殆どですね。
さあ、今年皆さんはどんな抱負がありますか。三日坊主にならないように頑張りましょう。
December 24, 2004
故郷でのChristmas
故郷でのChristmasはもちろん家族と一緒に過ごしました。Christmas Eveは、皆がレインお婆ちゃんの家に集合して、Christmas Eve Dinnerを食べました。なぜかわかりませんが、いつも海老を食べていました。食事の後、クリスマスツリーの下に山になっているプレゼントを開きました。それから、車に乗り、町中の家のイルミネーションを見に行きました。翌日はChristmas Dayです。私がいつもChristmas Eveの夜は寝てしまわないよう頑張ってツリーを見張っていましたが、朝目が覚めると必ず自分のベッドに寝ていました。急いでリビングに飛び込むとサンタさんからの新しいプレゼントがあり、サンタさんのためにダイニングテーブルの上に置いたcookies and milkがなくなっていました。寝坊している両親を起こして、おじいちゃんとおばあちゃん達を家に呼んでまたプレゼントを開けました。それから午後2時頃は豪華なChristmas Dinnerを食べました。ハムやロースにマッシュポテト、ロールパン(甘くないもの)、ゆでた野菜などを食べました。デザートの定番はpumpkin pieです。またはこの時期も大きいドーナッツ型cinnamon rollケーキ等、数多くのクリスマスお菓子を家族の友達から頂き、皆は2キロくらい太ります。これもまた幸せ太りとも言えるでしょう。
December 22, 2004
How do you choose a name?
母国が違う親にとって子供の名前を選ぶことになったら更に選択肢が増えます。配偶者が日本人の場合は、片方の母国の伝統を考えながら、日本の規制に沿った名前を選ぶことを考慮しなければなりません。中間名を名前とくっつけて一緒に登録するか、又は母国でだけ使うことにするか、そして漢字を使うか使わないか、色々な問題があります。
December 08, 2004
ひい婆ちゃんの誕生
この記事はいつも発行日の一ヶ月前に書いています。それでこの報告が遅くなりましたが、11月27日に10月号に紹介した私のお婆ちゃんがa Great Grandmother(ひいおばあちゃん)になりました!非常に感謝すべき2日間になりました。2日間でひ孫が2人も生まれたのです。 2004年の米国感謝際は11月25日でした。その日、米国のモンタナ州での午前5時に私の姉Heidiに男の子が産まれました。名前はこいCoyです。21時間後、私の娘、のえるNoelleが産まれました。12月に産まれる予定でしたが、ちょっと早く、でも元気に生まれました。実際に産まれたのはCoyより21時間後なのですが、日付変更線との関係で11月27日の誕生日となりました。Noelleは2754gで産まれて、お母さんと退院した現在は、実家で従兄弟2人とおばさん1人と祖父2人と親2人と猫一匹と賑やかにこれから一ヶ月すごす予定でいます。
December 01, 2004
Going for Christmas Trees
Howdy! 今回は自分の出身地、Wyomingという州を少し紹介したいと思います。
歴史的には1890年7
月10日合衆国に入り、「The State of Wyoming」になったが、その前は「Wyoming Territory」(ワイオミング準州・地方行政区)でした。1869年に女性に参政権を与え、アメリカ合衆国の中でもとも早い地域になりました。 それは州になるための最低投票者人数を満たすためだと思われていますが、それからどこの州より早く女性の治安判事と、その後知事も選ばれ、現在の愛称の一つ「The Equality State」(平等の州)と呼ばれるようになりました。
位置的にはアメリカの西北にあり、北にモンタナ州、西にアイダホ州とコロラド州があります。一郎選手のマリナーズがホームと呼ばれるワシントン州から少し南東にあります。
山岳地方にあり、農業地が広がります。農業の他に鉱工業も州の主な産業であります。国立公園のイエローストーンがあります。機会があれば是非イエローストーンを訪ねて欲しい。北海道と同じ位な広さのある自然公園でアメリカの一番古い国立公園です。
Rocky山脈を西に、Big Horn山系を東に、自分の故郷はその間でなったBig Horn盆地の真ん中にあります。Big Horn盆地は夏は暑く冬は寒く、乾燥地帯になっています。
12月に入るとWyomingの山はやっと頂上が白くなり、Christmas頃は町に雪が訪れてきます。運がよければWhite Christmasになります。
私が子供のとき家族が毎年山に行ってChristmas Treeを採りに行きました。山の方は雪が深く、寒かったです。山の深い雪の中、そりを使って遊んだりして、持ってきた暖かいChilliと言う豆料理を食べ、暖かいTangと言うorange drinkを飲んでいました。